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殉職警察官 宮本警部の「心」を受け継ぐ

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2010年2月8日


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 3年前、板橋区で女性を助けようと線路に飛び込み、警視庁の宮本邦彦警部が命を落としました。地元、常盤台の人たちは宮本警部が伝えようとした「命の大切さ」を今も大切に受け継いでいます。

 警視庁板橋警察署常盤台交番――。ここに1人の警察官がいました。宮本邦彦警部、享年53。
 2007年2月6日の夕方、東武東上線の踏切で1人の女性が「死にたい」と言って、宮本警部の説得を振り切り電車が迫り来る中、線路に立ち入りました。それを助けようとした宮本警部は電車にはねられ意識不明の重体に、そして事故から6日後、亡くなりました。
 宮本警部の命をかけた行動は地元・常盤台の人たちを動かしました。事故から4ヵ月後、宮本警部をしのぶ『誠の碑』が地元住民の手で常盤台交番の前に完成しました。生前の宮本警部を一番近くで見ていたという常盤台でうなぎ店を営む河原弘さんは、宮本警部が街頭に立ち安全指導をしていた姿が忘れられないと話します。河原さんは「“踏切が降りるまで待って、それでまた(遮断機が上がってから)渡ればいいんだから”と言っていた宮本さんの一つ一つの言葉には、事故起こしてからでは遅いんだという誠の心が込められていたんだな」「自分の命を惜しまず一人でも多くを救っていくという、今の時代の人間が欠けているところを、一人一人の住民が宮本さんを通して教えてもらった」と思い起こします。事故から3年…。『誠の碑』に手向けられる花は今も絶えることはありません。
 南常盤台の一角を守る民間交番『森の番所』は、事故の2ヵ月前に地域防犯の要として誕生しました。世話人の小林保男さんは宮本警部の勇気ある遺志は今もこの番所の運営に受け継がれていると言います。小林さんは「彼の勇気をたたえようと(地元・常盤台の)いろんな人が動いた。これはいくら時間がたっても消えない。宮本警部が命を賭して果たしたその心根をずっと伝えていこうということ」といいます。
 『誰一人として失っていい命はない』――。現場に程近い常盤台小学校では宮本警部の行動を受けて命の大切さについて子どもたちが考える授業が開かれてきました。常盤台小学校の湯澤斉之教諭は「命を投げ出すということはどういう重みのあることなのか。どの子にもそれなりの思いで考えてほしいという思いがあった」と話します。
 事故から1年後、宮本警部の追悼コンサートが開かれました。宮本警部の勇気をたたえ、常盤台小学校の児童たちは区民の公募歌詞による『その勇気を忘れないで』を合唱しました。合唱に参加した子どもたちは「宮本警部に届くように大きな声で歌詞の意味を考えて歌いました」「天国でも今までのように心優しくいてほしい」「自転車のかぎを直してくれてありがとうございます。天国で幸せに暮らしてください」などと話していました。
 その勇気を忘れない…。常盤台の人たちはこれからも宮本警部の心を受け継ぎます。