*2006.06.21up*
第6回*長田渚左さん 第6回*長田渚左さん「不可能を可能にするのは、『面白い!』と思える心」

――― スポーツジャーナリストになろうと思ったのは、なぜですか?

海外レポーターなどをやっていたのですが、面白いと思う仕事を選んでいるうちに、 吸い寄せられるようにスポーツに向かっていった、という感じです。 ひとことで言うと、人間が好きだからでしょうね。 スポーツは勝敗のなかに、"人間"が出やすいんです。 隠そうと思っている本質も、白日のもとにさらされてしまいますから。 勝つため、成績を伸ばすため、「そこまで考えていたの」と言うくらい、みんな考えている。 勝敗の陰に、一途な努力や、さまざまな思いが秘められています。 "結果"はほんの氷山の一角で、その裾野があるんですね。 そこに人間のドラマがあるし、とても面白いんです。

――― 世界を股にかけて、アスリートを追うお仕事をなさるには、体力も必要でしょうね。

実は私、体力はあまりないんですよ(笑)。この仕事で一番大切な能力は、人の話をキャッチできるかどうか。 そのためには、相手を観察できるいい眼力といい耳が必要です。 それを支えるためには、気持ちも身体も健康でなくてはいけない。 体調をキープするために走ったり泳いだりもしていますし、精神的にも健康でいるよう、心がけています。

―――仕事がうまくいかなくて落ち込むこともあると思います。そういうときはどうやって、心の元気を取り戻していますか?

私の場合、6年生になる娘の存在が大きいですね。 子どもというのは、いい加減に接することができない存在でしょう。 ちゃんとそちらを向いて話を聞かないと、大変なことになりますから。 ですから子どもに気持ちを向けることで、仕事の悩みを頭から追い出すことができる。 子どもを授かる前は、仕事がうまくいかないとヤケ酒を飲んでいましたが(笑)。 子どもはありがたいですね。

――― 最近、女性のアスリートの意識が変わってきているように思えるのですが。

多様性を認めてくれる社会になったおかげで、みな、自分なりのアスリート人生を送れるようになりました。 以前は、そうそうに引退して、早く結婚をして子どもを産んで……という道筋を、家族もまわりも期待しました。 でも今は、結婚しようが、子どもを産もうが産まないが、自分で決めればいい。 "なりたい自分"になりやすい時代になった分、女性アスリートが以前よりのびのびできるようになったんではないでしょうか。

――― 女性アスリートがおしゃれになってきたな、という印象もありますが。

ある時期まで、「男化した女性でないと通用しない」という、おかしな考えがあったんですね。 その反動で、たとえばジョイナーというランナーが、爪を長くして「私は女よ」と主張して走った。 そんな風に、ことさら「私は女」と叫ばないではいられない時代もあったんです。 でも今は「女」を主張する必要もないし、その人らしくあればいいという時代。 それぞれの選手が、自分のやりたい競技に精一杯とりくむ。そして、いい結果がでる。 すると自信と喜びが、選手を内側から輝かせますよね。 そこから、美しさが生まれるのだと思います。

――― 汗や日焼けなど、アスリートたちは肌を酷使していると思うのですが、皆さんどのようにケアしているんでしょう?

たとえば塩素が入ったプールに入ってそのままにしているのは、私たち一般人です。 トップスイマーたちは3歳や4歳頃からいつもプールの中にいるわけですから、 塩素で髪の毛が茶色になったり、肌が荒れたりという経験を経て、知識も豊富になるし、すごく気を使うようになるんですね。 肌というのはアスリートにとって、いわば戦闘服みたいなもの。 生身の身体で闘うわけですから、その身体を包んでいる皮膚がきちんとしていないと、ちゃんと闘えない。 それに肌は精神状態を映す鏡でもありますから。 肌の状態は、ときには成績にも影響することもあるんですよ。 たとえば東京オリンピックの重量挙げで金メダルをとった三宅義信選手は、 絹ごし豆腐のような手のヒラをしていました。 マメや傷があると手がバーに密着しない、鉄の気持ちが分からない、というので、 お風呂の中でも手を丹念にマッサージし、クリームを塗って手袋をして寝ていたそうです。

――― アスリートと接するなかで、さまざまなことを得てきたこと思います。一番大きなものはなんでしょうか?

「この人はこうだろう」という思い込みが裏切られることの面白さ、とでも言えばいいのでしょうか。 たとえば水泳の北島康介選手は、少年の頃、一番の成績をとっていたわけではない。 彼より早く泳ぐ少年はいたし、身体がけっこう硬いので、伸びないだろうと思われていました。 でもたった一人、「身体は硬くてもいい。水の中で彼は柔らかく泳ぐじゃないか。 タイムも、これから伸びるだろう」と、伸びしろまで計算した人がいた。 この人の、北島を育てようと思った"思い"が、あの北島康介を産んだんです。 その関係も面白いし、人間というものの大きさ、可能性を感じさせてくれますよね。 またトップアスリートと話していると、年齢には関係なく、 雲の割れ目から一瞬さーっと陽がさすような、凄い言葉を言ってくれることがあります。 「すごいなぁ、この人の住んでいる世界は」と心が揺さぶられるし、いいものをもらったな、と思います。 その宝を、誰かに伝えたい。その思いで仕事をやっています。

――― 番組で、「前のめり」に生きている、とおっしゃっていましたね。

頭で「これは面白い」とか「面白くない」考えることって、けっこう狭いんですよ。 だから考える前に、とにかくやってみる。そもそも私がスポーツの世界に入ったのは、競馬の仕事がきっかけ。 話が来たとき、「えー、サラブレッド?」と腰が重たかったんですが、 母が「サラブレッドってきれいよ。あなた、本物見たことないでしょう」と、ひとこと言ってくれた。 それなら、と思ってやってみたら、すごく面白かったんです。 それが前のめりの始まりでしょうか(笑)。 以来、仕事では、「できない」「知らない」「分かりません」は言わないようにしています。 4000メートルの山にも登りましたし。最近は激しく前のめりですよ。 どうしよう、というくらい(笑)。全身好奇心の固まりで、仕事が楽しくてしようがない 。おかげで家はいつも散らかっています。まぁ家族は、私がイキイキしていてくれればそれでいい、と思っているみたい。 それ以上のことは、要求してきません(笑)。
インタビュー/テキスト 篠藤ゆり

Profile

長田渚左-おさだなぎさ-
ノンフィクション作家。東京都出身。桐朋学園大学演劇専攻科卒業。
海外レポーターを経て、スポーツライター、キャスターなどで活躍。
NHK『FMホットライン』で番組編集長、 フジテレビ『スーパータイム』では10年間スポーツキャスターを務めた。
著者に『「北島康介」プロジェクト』『こんな凄い奴がいた』『欲望という名の女優』 『おまえは、風か』『いつ産むか』など。
現在、早稲田大学講師、淑徳大学客員教授、日本スポーツ学会『スポーツゴジラ』 スポーツ総合誌編集長、NHK−BS『週刊ブックレビュー』キャスター

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