-福生- 米軍ハウス物語 







米兵向けニュービジネス

横田基地周辺には

古ぼけた白壁の平屋住宅を

多く見かけます。

「米軍ハウス」です。

名前から米軍が建設したものと

思われがちですが、

実は主に地元の農家が

ニュービジネスとして

取り組んだもの。

1950年代朝鮮戦争により

横田基地が増強され

基地内の住宅が不足しました。

そこで米軍から非公式に

家を建ててくれないかという

要請が町にあったといいます。

この話が地元の地主に

入ったのが始まりです。


福生(ふっさ)

JR青梅線 福生駅・牛浜駅
JR八高線 東福生駅
 基地の町の証人・米軍ハウス

森田勉さんは1953年から米軍ハウスの経営に乗り出したひとりです。かつて盛んだった養蚕が廃れ、さしたる産業もなかった福生。森田さんも製糸業を営んできましたが、ハウスは儲かるという話しに飛びつきました。
 
10万円で家を建てられた1950年当時に、20坪前後の一戸建てにおよそ40万円の建築費をかけました。大卒のサラリーマンの初任給が5,500円の時代に100ドル=36,000円の家賃。米軍ハウスは、最新設備を備えた高級住宅でした。こうして福生にはハウス長者が何人も生まれたのです。

 

現代版「米軍ハウス」を地元の不動産屋さんに案内してもらいました。最近ではテラスハウス形式のものが増えてきて人気があるそうです。単身赴任でひとり住まいのハウスは20畳のリビングを持つ3LDK。それでも「すこし狭いね」とアメリカ人のハンリさん。
 
福生市役所の記録によると、ピーク時の1959年には12,000戸ものハウスが建設されましたが、現在でも残っているのは100戸足らず。朝鮮戦争が生んだ「米軍ハウス」も時の流れの中に消えゆこうとしています。古ぼけた白壁は基地の町福生の50年を静かに見守ってきたのかも知れません。

 


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