-青梅- 雪女を探せ 







「雪おんな」の舞台

武蔵の国のある村に
茂作と巳之吉という
ふたりの樵が住んでいた…


小泉八雲の『怪談』の中の

「雪おんな」の一節です。

ラフカディオ・ハーン、

日本名・小泉八雲は

明治23年に来日し

東京大学で教鞭を執りながら

日本の伝説的な物語を

多数書きあらわしました。

実はこの「雪おんな」の舞台が

青梅であったという説が急浮上、

青梅は上を下への

大騒ぎになっています。


青梅(おうめ)

JR青梅線 青梅駅
 検証!雪おんな青梅説

「雪おんな」の舞台がここであったという説に湧く青梅。その真相を追及せんと、「雪おんな探偵団」が結成されました。メンバーは地元の商店街の人たち。彼らは雪おんな青梅説を証明するために、日々調査を続けているのです。
まず探偵団が最初に根拠としているのが、小説集『怪談』の中にある、八雲自身による序文。「雪おんなという奇妙な物語は、武蔵の国西多摩郡調布村のある百姓が、その土地に伝わる古いいつ絶えとして私に語ってくれたもの」とあります。

この序文は、これまで出版されたほとんどの日本語版ではなぜか割愛されていました。その序文の「調布村」という言葉が大きな決めて。童話作家の小川秋子さんもこれに注目したひとりです。「調布というと調布市のことを思い浮かべるかもしれませんが、青梅も昔調布村と呼ばれていたんです」
また、八雲の家で働いていたお手伝いさんが調布村の出身で、その父親が村に伝わる雪おんな伝説を八雲に語って聞かせたということも判明しました。

森に行く途中には大きな川があり、そこには渡し船がありました…
この「雪おんな」の中で描写された大きな川とは多摩川、渡し場は調布橋のすぐ下流にあった千ヶ瀬の渡しであったのです。
さらに、調布橋の近くで古くから酒屋を営む中村保男さんの家に代々伝えられていた絵地図からも重要な事実が見つかりました。中村家の裏手、川を望む場所にあった小屋が、雪おんなが現れた小屋ではないかというのです。

探偵だの活躍で、雪おんな誕生の地は青梅だと、八雲の孫の小泉時さんも認めるところとなりました。3月10日には調布橋のたもとに記念碑が建つ予定です。青梅にまた新たな名所が誕生します。

 



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